ご挨拶

伝統ある2学会の開催にあたり、ひと言、ご挨拶申し上げます。

総合テーマは「アイデンティティとミッション」としました。発足半世紀を迎えた日本臨床神経生理学会にとって、このふたつの議論は避けては通れないものであると感じているからです。

まず、アイデンティティとは何かの議論です。本学会はきわめて学際性の高い組織であり、関連する診療科だけでも五指では足りません。加えて、基礎医学、工学、物理、心理、教育といった、およそ総合大学すべての学部をカバーする領域から、多彩な研究者たちが一同に会するのが特徴といえます。臨床面においては、現行の諸制度のもとでは医師会員の比率が一定数は必要とはいえ、多職種連携の重要性を認識しているのも本学会の特徴です。何よりも日本臨床神経生理学会技術講習会を合併開催しているのは、臨床検査技師の育成に早くから取り組んできたことの現れです。すなわち、日本臨床神経生理学会のアイデンティティとは、脳、神経、筋、感覚器など神経系の関わる生理学のあらゆる領域を活舞台として、目的達成のためにあらゆる人材、英知、手法を柔軟に取り入れることにあると思われます。しかし一方で、学術的内容が高度に成り過ぎて、専門分野別のセッションが重視されて、横のつながりが希薄になる懸念もあります。そこで本大会では、従来のカテゴリー分類によるセッションに加えて、診療科や専門領域の枠を越えた横断的テーマを増やすこととしました。学会としての我々のアイデンティティの強化を図ることが主眼にあります。

次に、ミッションは何かの議論です。臨床神経生理学の発展に向けて我々がとるべき行動指針を、もし山に例えるのであれば、高い峰を目指す活動だけでなく、裾野を広げる活動も必要であり、しかも美しい山容を多くの人たちに見てもらえる活動も必要だと、私は考えております。研究者の学術学会としては、最先端の研究成果を発表する場を提供するだけでなく、初学者には臨床神経生理学を面白いと思ってもらえる場の提供も必要です。臨床家の職業集団としても同様であり、いかにして「むずかしいことをわかりやすく(井上ひさし)」伝えていくかも軽視できません。教育者としては、研究者、学生、臨床家の教育のみならず、我々の活動を広く社会に認めてもらう活動も大切です。そこで本大会では、入門教育とアウトリーチ活動に注目したセッションを設けることにしました。

学会開催にあたり、仙台が日本の脳波学のゆかりの地であることを思い出していただくべく、故 本川弘一先生を紹介させていただきます。本川先生は1940年に東北帝国大学の生理学の教授として着任し、1965年には東北大学の総長をつとめました。手作りの脳波計でヒトの脳波を我が国で初めて記録し、その振幅の分布を体系化すべく「本川の分布法則」を発表しました。1952年には日本脳波学会を創設し初代会長をつとめました。この学会が、のちに日本筋電図学会と合流して日本臨床神経生理学会となったのです。北杜夫は著書「どくとるマンボウ青春記」の中で、本川先生を「敬愛するM先生」として登場させております。私は医学部を卒業して3年目の1987年、1チャンネルの超伝導量子干渉素子を米国から輸入し、東北大学附属病院にて脳磁図計測を開始しました。当時の脳疾患研究施設の会議室には本川弘一先生の写真が飾られていました。この写真は、深夜の脳磁図測定を終えた私をずいぶんと励ましてくれたものです。本大会では本川先生に敬意を表し、東北大学の脳波研究を振り返る「本川弘一シンポジウム」を設けさせていただく予定です。

新型コロナウイルス蔓延の影響で、従来とは大きく異なる様式での大会開催とはなりますが、皆様におかれましては、ウエブ参加にせよ現地参加にせよ、冷涼で澄み切った12月の仙台の空気の中で、大会を熱く盛り上げていただければと願っております。

中里信和
東北大学大学院医学系研究科
てんかん学分野 教授

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