会長挨拶
第120回日本精神神経学会学術総会 会長
札幌医科大学医学部神経精神医学講座 主任教授
河西 千秋
第120回の学術総会を札幌において主宰させていただくこととなりましたので、ここにご挨拶を申し上げます。
この文書を書いている2023年秋の時点では、いまだ医療・教育・地域保健の現場はCOVID-19に罹り患っており、また欧州では戦時下にあります。そうこうするうちに、日本社会があらゆる面で先進諸国から数週遅れとなっている現実を知るところとなり、未来により強く不安を感じぜざるを得ません。
社会環境や個人史によりもたらされるストレスや、個体に内在するリスク等により引き起こされるメンタルへルス不調が行きつく最も悲劇的な結末は自殺だと言えます。日本では、COVID-19の感染拡大が本格化した2020年に自殺者総数が10年ぶりに増加し、その後、変動を来しています。その背景には、多くの国民の、失業や稼業断念や多くの学生の学業断念などがありました。また感染対策のために提唱されたステイホームやソーシャル・ディスタンスが、人と人との心と心のディスタンスをも拡大させてしまいました。対人支援職者であり、幸いなことに生業を維持することができている私たちは、これらの歴史的事象を目の当たりにして、日々の業務に励むのはもちろんのこと、あらためて、自らの存在意義や果たすべき役割について自らに問うべきところにいるのではないかと私は考えます。私たちは、メンタルヘルス不調者や精神疾患罹患者、自殺のリスクを抱える夥しい数の人々発生している地域の状況において、これらにどのように向き合うべきなのか、そして社会システムの改革のために果たして何ができるのかということを真剣に考えなければなりません。そのようなことから、今回の学術総会のテーマを、「真に役立つ精神医学」に定めました。
私は、2002年以降、精神医療・精神医学研究において、特に自殺対策領域に注力してきましたが、この領域は、特に臨床においては待ったなしであり、当事者にとってまさに「真に役立つ」ことをしていかなければ命を護ることはできません。一方で、私も同僚達も、「真に役立つこと」を意識することで、自らの診療技術や社会活動をより深化させることができました。診療も研究も地域活動も、アジェンダなしに、「ふわっとしたこと」を続けていても何の役にも立たないのです。
精神保健・精神医療の守備範囲は益々広範に拡がり、これらの活動を精神医学研究が支えています。研究手法と内容、医療技術は高度化・細分化し、それは本会組織、昨今の学術総会プログラムにも反映されています。言うまでもなく、研究を進めて行くためにはチャレンジが必要です。とりわけ基礎研究においては、他人にとっては理解の難しい取り組みになることもあるでしょう。私自身が精神生物学の領域に身を置き、2度にわたる海外のトップ・ラボでの経験を通して、こうした事情は十分に理解しているつもりです。とは言え、第120回学術総会では、会員が取り組んでいる研究が何を指向しているのか、なぜその研究にこだわりを持ち続けているのか、そして、研究者はその先にどのような夢を描いているのかということを明確に語っていただきたいと思います。第120回学術総会は、精神医学における“学術の進歩・発展”を、果たして臨床や地域保健のどこに/どのように着地させ結実させていけばよいのかということについて、大いに議論をしていただきたいと思っています。
開催形式については、対面参加・対面でのディスカッションを基本としつつ、最近の学術総会の開催状況を踏まえて、オンデマンド配信も行います。
6月と言えば、列島はどこも梅雨と暑気の時期です。清涼な札幌で、からだと頭と心を冷やし、有意義な、充実した時間を過ごしていただきたいと思っております。本総会における現地での参加者の交流が、近未来のあるべき精神医学の起点になればと願っております。